ここに共同生活を送っているふたりがいる。 
       ひとりは料理が苦手で、もうひとりは料理上手。 
       なら、うまいヤツがフライパンを握るのは当然の流れだ。 
       それはロックにも判る。 
      「……だけどよ、だったら食料の買い出しくらいは、キッチンに立たないヤツがやったっていいんじゃねえか?」 
       至極当然のその疑問をロックが口にするたびに、テリー・ボガードはこううそぶく。 
      「腐りかけのチキンやトマトを買ってきてもいいんだったら俺が行こうか」 
       料理下手の自分には食材の良し悪しもロクに判らないという理由で、テリーは3回に1回は買い物を渋る。 
       きょうはたまたまその3分の1の日だった。 
       チキンとトマト、アボカドにレタス、あとはリンゴを少々。 
         メモを片手に簡単に買い物をすませ、ロック・ハワードはスーパーを出た。 
        「まあ、テリーが横着なのは今に始まったことじゃないしな」 
         紙袋をかかえて歩くロックの口から、苦笑混じりの言葉がこぼれる。 
         その時、赤信号で立ち止まったロックの視線が、角の売店の店先に吸い寄せられた。 
         あることないことセンセーショナルに書き立てる三流タブロイド紙の一面に、馴染みのある街の名前が踊っていた。 
         暴力による街の支配を推し進めていた〈メフィストフェレス〉の崩壊をきっかけに、サウスタウンではその後釜をめぐってギャング同士の抗争がふたたび激化していたが、ここ最近、とあるグループの台頭によって、それもようやく鎮静化のきざしが見えてきた――との由。 
         思いがけず目にした生まれ故郷の話題に、ロックは信号が変わったことにも気づかず、しばらくその場に立ち尽くしていた。 
       サウスタウンはロックのふるさとだが、いい思い出は少ない。 
         絵を描くことだけが趣味だった――病弱な母とすごした貧しくもしあわせな日々と、それにテリーとの出会いを除けば、いまさらかえりみたいと思うような記憶など特にない。テリーとともに世界各地を放浪するようになってからは、数えるほどしか舞い戻ったこともなかった。 
         あのふるさとは、今頃どうなっているのだろうか。 
       それも一種の感傷だったのか、あれこれととりとめもないことを考えながら、テリーとふたりで借りているアパートへと戻ってきたロックは、ドアの前に白い封筒が落ちているのに気づいて眉をひそめた。 
         正確には、落ちていたのではなく、置かれていたのだろう。 
         2通ある封筒の表には、それぞれテリーとロックの名前が記されていた。 
         ふと悪い予感がして、たった今登ってきたばかりの階段の手摺から大きく身を乗り出し、地上を見下ろす。 
         この界隈には似つかわしくない黒塗りのリムジンが、ちょうどそこの路地から走り出ていくのがわずかに見えた。 
        「…………」 
         リムジンのエンジン音が遠ざかっていくのを聞きながら、ロックはもう一度その招待状に視線を落とした。 
      「ヘイ、どうしたんだ、ロック?」 
         ソファに横になっていたテリーは、帰ってきたロックの顔をひと目見るなり、映りの悪いテレビを消して身を起こした。 
        「――何かあったのか? 浮かない顔をしてるぜ?」 
        「いや、こんなモンが届いてたからさ」 
         テーブルの上に紙袋を置いたロックは、白い封筒をテリーに投げて寄越した。 
        「そっちがテリー宛てで……オレにも同じものが届いてた。はっきりと見たわけじゃねえけど、ポストマンはゴージャスなリムジンで退場してったぜ」 
        「なるほど……どうやらファンレターってワケじゃないらしいな」 
         封を切って中身を確認したテリーは、目を細めて笑った。 
         キッチンのシンクに寄りかかり、ロックも封を切る。 
         キング・オブ・ファイターズを開催します――。 
         白い紙の上に、そんな一文がぽつんと置かれている。 
         裏面には最初の試合の会場と日時が簡潔に記され、そこまでの航空券が1枚添えられているだけだった。 
        「ずいぶんと不親切な招待状だな。対戦相手どころか主催者の名前すら書いてない。……ま、いつものことかもしれねえけどさ」 
         買ってきたばかりのリンゴをかじってロックは毒づいたが、わざわざテリーに出場の意志を確認したりはしなかった。招待状を見つめるテリーの目の輝きを見れば、いまさら尋ねるまでもないだろう。 
         そういえば――。 
         口もとをぞんざいにぬぐって、ロックはふと天井を見上げた。 
         ――しばらくかあさんの墓参りをしていない。 
         ロックがぼんやりとそんなことを考えていると、招待状を封筒に戻したテリーがからかうように口笛を吹いた。 
        「物思いにふけってるところを悪いんだが、俺のランチはいったいどうなってるんだ?」 
        「悪い、忘れてた」 
        「おいおい」 
        「すぐに作るよ」 
         リンゴをテリーに投げ渡し、ロックはキッチンに立った。 
         骨つきのチキンを皮目からじっくり焼きながら、アボカド、トマト、レタスを手際よく切っていく。習うより慣れろとはよくいったもので、そもそもロックの料理の腕がプロ並みにまでなってしまったのは、あまり料理のうまくないテリーの代わりに、毎日のようにロックが食事の用意をしていたからだ。 
        「――――」 
         キッチンの窓から灰色にけぶる街並みが見えた。 
         特に目的地も決めずにテリーとふたりで旅をしてきて、半年ほど前にたどり着いた街だ。決して悪い街ではなかったが、テリーにもロックにも、ひとつの場所に長く腰を落ち着けていられない厄介な癖がある。 
         そろそろここを引き払って、また旅に出る時期が近づいているのかもしれない。今度の大会は、そのいいきっかけになるだろう。 
         食事がすんだら、テリーに切り出してみよう。 
         大会の前に、一度サウスタウンに寄ってみないか、と。 
     手馴れたナイフさばきで焼きたてのチキンをスライスしながら、ロックはそう思った。  |