ほとんど光のない闇の中に、あざやかな炎が噴き上がった。
 それを追いかけるようにして無数の銃声とマズルフラッシュが走ったが、すでに彼はそこにはいない。
 真紅の蛍火を舞わせて音もなく駆け抜けたK’の背後で、一瞬遅れて、銃を持った刺客たちが絶息の呻きとともに倒れていく。
「うざってェ……」
 すでにそれは彼にとって、闘いというよりも作業に近いものなのかもしれない。
〈ネスツ〉によって最強の人類たるべく生み出されたK’の戦闘力は、もはや生身の人間が止めようと思って止められるものではなかった。
 振り返ったK’の視線の先では、鋼鉄のボディを持つ巨漢が残りの刺客たちを片づけているところだった。

「どこの連中だ?」
 動かなくなった刺客のひとりを爪先で無造作に蹴りつけ、K’は不機嫌そうに尋ねた。
 だが、答えはない。暗視ゴーグルによって表情の隠された刺客は、深手を負ってすでに意識を失っているようだった。
「ちっ……」
 K’が忌々しげに吐き捨てるのを聞いて、マキシマが笑った。
「自分で眠らせといてそれはないだろう、K’? 聞きたいことがあるんだったら、少しは手加減てものを覚えるんだな。まあ、どのみち〈ネスツ〉のテクノロジーに目をつけたどこかの組織の工作員て線だろうが……」
 錆びた鉄骨の山に腰を降ろしたマキシマは、腕に内蔵したカートリッジの残弾数を確認ついでに軽いメンテナンスを始めている。
 ふたたび静けさを取り戻した廃工場の中を見渡し、ほかに敵の気配がないのを確認してから、K’はマキシマに歩み寄った。
「……どういうことだ?」
「ん? どういうことってのはどういう意味だ?」
「ばっくれてんじゃねえ。……てめえ、どっかにガタが来てんじゃねェのか?」
 K’がぶっきらぼうに切り出すと、彼を見上げるマキシマの表情からいつもの頼もしい笑みが消えた。
「――この程度の連中、いつものてめえならもっとあっさりと片づけてたはずだ。それをきょうはヤケにもたついてやがったじゃねェか。……どういうことか説明しやがれ」
 もともと協調性に欠けるK’が、こうしてマキシマと行動をともにしているのは、打倒〈ネスツ〉という共通の目的があった頃の延長というよりも、この男なら自分の背中を守らせるのに不足はないという思いがあるからだ。
 それだけに、“相棒”の動きがいつもより精細を欠いていたことにもすでに気づいていた。
 しばらくK’を見上げていたマキシマは、ふと視線を逸らして気の抜けたような自嘲の笑みをもらした。
「おまえにゃ隠しても無駄か……」
「やっぱ何かあるのか?」
「どうもこのところ、カラダの調子がよくなくてな」
「くだらねえ冗談だ」
 ひくっと眉を震わせ、K’は吐き捨てた。
「……てめえはサイボーグだろうが」
「サイボーグだろうと生身だろうと、具合がよくないものはよくないんだよ」
 マキシマは弱々しく笑って自分の胸のあたりに手を添えた。
「……どうやらリアクターが本調子じゃないらしい」
「何だと?」
 リアクター――全身の80パーセントまでが機械化されたマキシマの肉体を動かしているのは、“マキシマリアクター”と呼ばれる超小型の反応炉である。いわば今のマキシマの心臓といっていい。
 そのリアクターが本調子でないとするなら、それはもう、腕や脚のシステムに異常があるというようなレベルの話ではない。
 マキシマは自分のこめかみを指でつつき、
「俺のアタマの中には、このボディのメカニズムをすべてチェックできる自己診断プログラムって便利なシロモノが入ってるんだが……そいつによると、どうやら完全に想定外のトラブルが発生してるようだ。早めに見つかったのが不幸中のさいわいってヤツだが、この先どうなるかは俺自身にも判らん」
「どうすりゃ直せる?」
「これがほかの部分なら、どうにか俺の手で修理できるんだが……いってみれば俺の心臓だぜ、トラブってるのは? 自分で自分の心臓を手術できる医者はいないだろう?」
「だったらあの女にやらせりゃいい」
「ウィップにか?」
 K’は無言でうなずいたが、マキシマは溜息混じりに首を振った。
「無理……だな」
「どうしてだよ?」
「簡単にいってくれるなよ。こいつは壊れたラジオの修理なんかとはワケが違うんだぜ? どこがどうトラブってるのか正確に突き止めて、その上で俺の全機能をいったん停止させた状態で修理しなけりゃならん。そのためにはそれ相応の施設が必要だし、だいたい、半可通の素人が手を出せるレベルのもんじゃない」
「素人でなけりゃいいんだろ? だったらやっぱ簡単なハナシじゃねえか」
 薄汚れた壁に寄りかかっていたK’が、組んでいた腕をほどいて歩き出した。
「――そのリアクターってのを開発したヤツに修理させりゃあいい」
「巻島博士のことをいってるのか?」
「そいつなら確実に修理できんだろ?」
「そうだな……巻島博士ならというより、修理できるとしたら博士だけっていったほうが正しいだろう」
「なら四の五のいってねえでそいつを連れてくるだけだろうが」
「そりゃそうだが、そもそも博士がどこにいるのか判ってるのか、おまえ?」
「知るか。死にたくなけりゃあてめえで捜しやがれ。……そのデキのいいおつむも、生きてるうちに使わなきゃ意味ねえだろうが」
「他人ごとだと思って好き勝手にいってくれるぜ、まったく……」
 ごりごりと頭をかいて立ち上がったマキシマの顔には、しかし、いつものあの不敵な笑みが戻っていた。
 ポケットに手を突っ込み、ひどい猫背で歩きながら、K’はぼそりともらした。
「……てめえにポンコツになられると、いろいろと困るんでな」
「何かいったか、K’?」
「……何でもねえ」