華やかなパーティーの席は、決して嫌いではないけれど、そこに集まる人間たちはあまり好きになれない。きらびやかに飾り立てた彼らの姿が、虚飾と傲慢の塊にしか見えないからだろうか。世間の目には自分も彼らと同じ人種として映っているのかと思うと、少し憂鬱になってくる。
「――どうしたんだい、ジェニー?」
 ついもれてしまった溜息を聞きつけ、香水臭いとびきりの傲慢さが不躾に顔を寄せてきた。
「別に何でもないわ」
 すぐさまそつのない笑顔を作り、ずうずうしく肩に伸びてこようとしていた男の腕からすり抜ける。男がつけている香水や着ている服は、どれもこれも一流品には違いないが、本人の品性がすべてを台ナシにしていた。
 夕方から始まったガーデンパーティーは、広い庭をあざやかにライトアップし、いつ果てるともなく続いている。イギリス政財界の大物ばかりが顔を揃える中、人々の輪から少し離れた池のほとりの東屋にジェニーをさそってやってきた白いタキシードの優男は、多少は見られるという程度のルックスと両親の財力を鼻にかけた、この屋敷のいけすかない次男坊だった。
 ジェニーとしては、人間としてほとんど中身のないボンボンの相手などしたくはないのだが、急用で出席できなくなった両親の代理として来ている以上、それなりに愛想を見せなければならなかった。
 もっとも、ジェニーにはもうひとつ別の目的もあったのだが。

「これでもぼくはサバットをやっていてね。……判るかい、サバット?」
 何を思ったのか、優男が急にそんなことをいい出した。
 サバットとはフランス式キックボクシングのことで、もちろんジェニーはそれをよく知っていたが、とりあえず知らないふりをした。義賊集団リーリンナイツの頭目B.ジェニーはそれを知っていてもかまわないが、今ここにいるのは、イギリス社交界に咲いた大輪の薔薇の花、バーン家令嬢ミス・ジェニーなのである。
「まあ、単純にいえばキックボクシングなんだけどね」
 自分の男らしさをアピールしたいのか、優男はジェニーの前で軽くシャドーをしてみせたが、それはかえって彼女をさらに幻滅させただけだった。パンチもキックも、とてもサバットをやっていると胸を張れるようなものではない。
「――それで、今度ぼくも例の大会に参加しようかと思ってるんだ」
「例の大会?」
 ジェニーの鼻がぴくぴくっと動いた。お宝の気配を嗅ぎつけるとよくこうなる。東屋のベンチに腰かけていたジェニーは、思わず身を乗り出して優男の次の言葉を待った。
「きみも名前くらいは聞いたことがあるだろ、キング・オブ・ファイターズって?」
「ええ」
「あれがさ、どうやらまたどこかで開催されるらしいんだよね。ぼくも今度、それに出場しようかと思ってさ」
「――――」
 ジェニーは驚いた。
 世界でもっとも過酷なトーナメントといわれるキング・オブ・ファイターズが近々開催されるというニュースに驚き、それと同時に、こんなお粗末な実力でKOFに参戦しようとしている優男の、身のほどを知らない馬鹿さ加減に驚いた。
 ひと通りシャドーを終えた優男は、肩で息をしながら――このくらいで息が上がるようでは参戦以前の問題だ――それでも、白い歯をちらつかせて精一杯にこやかにジェニーに微笑みかけた。
「どう? 驚いた?」
「……ええ。いろんな意味で驚いたわ」
「おお、ジェニー……そんな哀しい顔はしないでおくれ。別にぼくが試合で大怪我をすると決まったわけじゃないんだから」
 別にジェニーは哀しい顔などしていない。それに、万が一この優男がKOFに参戦するようなことがあれば、1回戦で大怪我するのは目に見えている。そんなことも判らず、あまつさえ悲劇の主人公ぶったダサいセリフを臆面もなく口にする優男に寒気さえ感じて、ついつい眉をしかめてしまっただけだ。
 優男は不意にジェニーの両手を掴み、
「ぼくが優勝したあかつきには、きみに何かプレゼントするよ」
「あ、ありがとう……」
「だから、ねえ、ジェニー――」
 そのままずずいとジェニーに顔を近づけようとした優男の頭が、唐突に、不自然に揺れ、その場に崩れ落ちた。
「大丈夫ですかい、艦長」
 優男がばったり倒れ臥すのと同時に、その背後の茂みから、リーリンナイツの仲間たちが声を殺して顔を覗かせた。
「間一髪、貞操の危機でしたね」
「冗談いわないでよ、まったく」
 鼻をつまんで香水臭くなってしまった夜気を散らしたジェニーは、表情をあらためて尋ねた。
「――それで、仕事の首尾のほうは?」
「ばっちりでさあ」
 全員同時に、サンタクロースよろしく背中に背負った袋をジェニーにしめす。ジェニーが今夜のパーティーに出席した本当の目的――それは、リーリンナイツの仲間たちをひそかにこの金満屋敷に引き入れることだった。
 みんなの仕事ぶりに満足げにうなずいたジェニーは、優男を見下ろして皮肉っぽく呟いた。
「別に正義の味方を気取るつもりはないけど、このボンボンの親ってのも相当な悪党だから、このくらいしたって罰は当たらないわよねえ」
「まったくですよ。……それじゃ艦長、俺たちはひと足先に消えますんで」
「ええ。3分したらわたしが悲鳴をあげるから、それまでにうまく逃げんのよ?」
「ラジャー!」
「ああ、それと、ジィさん」
「ん? 何じゃい、お嬢?」
 メンバー最高齢、リーリンナイツの知恵袋でもある小柄な老人――通称“ジィさん”を呼び止め、ジェニーはいった。
「このボンボンがいってたんだけど、どうやら近くKOFが開催されるみたいなのよねん」
「ほほう、例の物騒な大会かね」
「KOFといえば莫大な賞金! 莫大な賞金といえばわたしたちのもの! ……でしょ?」
「判った。KOFの情報を集めておいてくれといいたいんじゃな、お嬢?」
「そうしてくれると助かるわ」
 頼りになる仲間を投げキスひとつで見送り、ジェニーは優男に視線を戻した。
「――こんな簡単に伸びちゃうんじゃ、KOF参戦なんて夢のまた夢よん? 出たってどうせケガするだけだし、むしろ感謝してほしいわよね。これでもう、KOFに出場しようなんて思わなくなったでしょ?」