暴走重戦車――Raiden

 彼が入ってきた瞬間、この広い部屋が急にせまくなったように感じた。
 身長約2メートル。体重は210キロ。
 公式のプロフィールによれば、その体躯はそれだけのサイズを誇っている。
 だが、そんな単純な数字だけでは表現できない圧倒的な存在感が、彼にはあった。
「はじめまして」
 若い記者は緊張の面持ちでソファから立ち上がり、彼に向かって右手を差し出した。
「――デイリーセカンドサウスのケイン・ゴールドマンです」
「そうかい。わざわざオーストラリアまでご苦労なこった」
 ケインの手を握り返した彼は、マスクから覗く口もとに不敵な笑みを浮かべ、低い声でいった。
「そうビクつきなさんな。誰も取って食ったりしねェよ」
「は、はあ――」
 たとえ本物のグリズリーを前にしても、あれほど緊張はしなかったに違いない――のちにケインは、その時の心境を同僚たちにそう語ったという。

 広大な牧場に隣接した彼の自宅の一室で、そのインタビューは始まった。

      ◆◇◆◇◆

「――それではミスター・ライデン」
 あらためてソファに腰を落ち着け、ICレコーダーのスイッチを押すと、ケインはさっそく切り出した。
「あなたのレスラー人生……といっては大袈裟ですが、SWFでのデビューから、黎明期のキング・オブ・ファイターズで活躍していたあたりのことから、まずはお聞かせくださいませんか?」
「はァ? 何だ、そんな昔話から始めなきゃならねえのか?」
「はい、できれば――」
「ま、最近のKOFのファンの中にゃ、このライデンさまの名前を知らねえ連中もいるだろうしな」
 3人がけのはずのソファに窮屈そうに座った巨漢のマスクマンは、そういって豪快に笑った。
「……確かにデビューはSWFだ。だが、あそこにゃそう長くはいなかったな。クソつまらねェ思い出ばかりの最低のマットだった」
「デビュー当時、あなたはビッグ・ボンバーダーをパートナーに、ヒールの巨漢タッグチームとして売り出していましたね?」
「ああ」
「しかし、その後の試合で八百長があったとされ、あなたはSWFのマットを去らざるをえなくなった」
 ケインは上目遣いにライデンの表情を窺った。
「……あなたにばかり人気が集中したことを妬んだビッグ・ボンバーダーが、あなたをおとしいれるために仕掛けた八百長だった――というのがファンの間での定説のようですが?」
「そいつがKOFと何か関係あるのかい?」
 おそらく何百回となく聞かれてきたのだろう。過去の八百長疑惑について触れられても、ライデンはことさら気分を害した様子はなかった。ケインにとって、それは幸運だったといえるだろう。もしこの大男の機嫌をそこねようものなら、ケインなどものの5秒で圧殺されてしまうに違いない。
 静かに自分を見つめるライデンの視線に、ケインは人知れず鳥肌を立てていた。これならばいっそ怒鳴られたほうがまだましだろう。ヒールレスラーに威嚇されたりネクタイを掴まれるくらいのことは、記者をしている以上はケインにも経験はあったが、この巨漢レスラーの静かなまなざしには、無言の迫力といおうか、単なる恫喝以上の恐ろしさが感じられた。
 ごくりと唾を呑み込んだケインは、それ以上固執せずにすぐさま話題を切り替えた。
「その後あなたは、あのギース・ハワード氏が開催するKOFに参戦した」
「ああ。プロレスのリングに上がれなくなって腐ってたオレを、ギースが拾ってくれたってワケさ」
「しかし、あなたはある時期を境にハワード氏と袂を分かちましたよね? そして、つねに優勝候補の一角に数えられるほどの活躍を見せていたあなたは、やがてKOFの舞台から姿を消してしまった。それはなぜです?」
「……ガラにもねェことをいうようだがな」
 バーボンの瓶のキャップをはずし、ライデンはいった。大ぶりなはずのグラスが、この男の手にかかると、まるでショットグラスのようだった。
「暑っ苦しいことを恥ずかしげもなく口にする若い連中と、いっさいの手加減抜きのマジなファイトを繰り返してるうちにな……年甲斐もなく、オレまでアツくなっちまったんだよ。ギースの飼い犬みてェな自分に嫌気がさしたっていうか、ま、そんなトコだ」
「KOFの戦いの中で、正統派レスラーだった頃のファイティングスピリッツに火がついた、ということですか?」
「……おめえ、わざわざ口にすんなよ。恥ずかしいじゃねえか」
 バーボンをひと息にあおったライデンは、まんざらでもなさそうに小さく苦笑した。
 その時ケインは、ライデンというレスラーが、マスクの下に隠してなかなかさらそうとはしない真の素顔を、少しだけ垣間見た気がした。

      ◆◇◆◇◆

 まばゆい照明と雷鳴のような歓声に、耳も目も、そして日常的な感覚さえ麻痺していく。
 あのインタビューから半年後、ケイン・ゴールドマンは、超満員のスタジアムの最前列にいた。
 間もなくライデンとテリー・ボガードの対戦が始まろうとしている。少年時代からライデンのファンだったケインにとっては、感慨深い一戦だった。
 だから、きょうは新聞記者としてではなく、ひとりのファンとしてここへ観戦に来ている。この大事な日に仕事を放棄して有休を取ったために編集長には睨まれ、なけなしのボーナスも、このプレミアチケットを競り落とすためにほとんど消えたが、まったく悔いはない。
 その時、会場内の照明がいったん消え、観客たちの歓声が一瞬の溜息に変わる。
 そしてその束の間の静寂を打ち破り、往年のプロレスファンなら誰もが一度は耳にしたことのある名曲――「勇者雷電」が流れ始めた。
 一気にテンションの上がったファンたちが、こらえきれずに床を踏み鳴らした。もちろんケインもそのひとりである。
 時を待たずに沸き起こったライデンコールの中、ついにあの男が、誰もが待ちわびたこのステージへと帰ってきた。

      ◆◇◆◇◆

 カクテルライトによって影の消えたステージを大きな足で踏み締め、その感触を確かめていたライデンは、アリーナ席に見覚えのある記者の顔を見つけた。
 以前、インタビューのためにオーストラリアまでやってきた、自分のファンだという記者だった。別れ際にサインを求められて、シャツにサインしたついでに背中を軽く叩いてやったことを覚えている。
「……リップサービスじゃなかったってわけかい」
 ライデンはにやりと笑ってその記者にウインクした。
「――ヘイ、ベア! 可愛い女の子のファンでも応援に来てるのかい?」
 先にステージに上がってライデンの登場を待っていたテリーが、大男のウインクに目ざとく気づいて冷やかしの言葉を投げかけた。
 ライデンは厚い唇を吊り上げ、かぶりを振った。
「悪ィがきょうはビッグ・ベアじゃねえ、悪役レスラーのライデンさまだ。……そのつもりでかかってこねェとケガぁするぜ?」
 ふてぶてしいセリフとともに、ライデンは首をかき切るポーズを見せた。もちろん、ステージ上のふたりの会話は歓声にまぎれて観客たちには届いていない。だが、巨大なオーロラビジョン越しにそのパフォーマンスを目の当たりにしただけで、観客たちはまたさらにヒートアップした。
 スタジアム内を軽く見渡し、テリーは口笛を吹いた。
「……うまいもんだ、さすがトップヒールだな。観客のテンションが一気に上がったぜ」
「そりゃそうだ。たとえ5分で決着が着いちまう一方的な試合だとしても、客を満足させるのが俺たちプロだぜ?」
「そいつは5分でケリをつけるって勝利宣言かい?」
「おめえ、5分でサヨナラするつもりでわざわざこの舞台に戻ってくるわけねえだろうがよ、この俺サマが?」
「どうやら悪役っぷりは健在らしいな。……だったら俺も遠慮なくいかせてもらうぜ!」
 テリーはつばに手を当ててキャップを深くかぶり直した。
「……甘くなったんじゃねェか、テリー? きょうの俺は悪役レスラーのライデンさまだっていったろ?」
 試合開始を告げるゴングよりも早く、ライデンはテリーにタックルを仕掛けた。
 それは、いかにもライデンらしい、“凱旋”の挨拶だった。

      ◆◇◆◇◆

 嵐のようなブーイングにまぎれてようやくゴングが鳴った時、すでにライデンはテリーを数メートルも吹っ飛ばし、観客たちに向かって勝ち誇ったように両手をかかげていた。
「アイム・ライデン! アイ・アム・ナンバーワン!」
 その雄叫びに合わせ、ケインもまた両手を天に突き上げた。

 少年の頃に熱狂していた憧れのファイターが、夢の舞台に戻ってきた日だった。

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