無敵の龍――Ryo Sakazaki

 肉厚の黒い革ジャンをはおったリョウ・サカザキは、チーズとオリーブの匂いの満ちる食料品店の中を見回し、思わず口に出して呟いた。
「……どうして俺がこんなことをしなきゃならないんだ?」
 肌寒い初冬のロンドンと、そうぼやくリョウとは、確かにミスマッチの感がある。ましてや若い女性をエスコートしてともなればなおさらだった。
「だいたい、俺がわざわざヨーロッパくんだりまで来たのは――」
「イタリアのミスター・ロバートに会うためだっていうんでしょう? それはもう何回も聞きましたー!」
 リョウの言葉をさえぎり、サリーはレジのカウンターにどんどん食材を積み上げていく。キングの店「バー・イリュージョン」ではたらいているサリーは、誰が相手でもはっきりとものをいう子だった。もちろんオーナーの知人が相手でもそれは変わらない。
 サリーが買い込もうとしている食材の山を見て、リョウはうんざり顔で天井を振り仰いだ。
「……一応聞くけど、それも俺が運ぶのか?」
「当然です! 何のためにここまで来たんですか?」
「たまたまだよ。ついでというか何というか」
 道場生の指導を父と妹にまかせ、リョウはひさしぶりにロバートと会うためにイタリアへ向かった。リョウとロバートは、少年時代からともに極限流空手を学んだ同門のライバルであり、そして親友である。おたがいに切磋琢磨し、今では極限流の龍虎――“無敵の龍”リョウ・サカザキと、“最強の虎”ロバート・ガルシアとして、その名と実力は世界に知れ渡っている。
 そのロバートが、入れ違いにアメリカに渡ってしまっていたため、何かと妹が世話になっているキングのところに顔でも出すかと、リョウは急遽イギリスまでやってきたのである。
「はい! これも持って!」
「……キングの店ではたらいてるだけあって、おまえさんもキツいな……」
 すでに大きな紙袋をひとつかかえているところに、もうひとつ同じような紙袋を押しつけられ、リョウは渋い顔をした。
「こんなことなら来るんじゃなかったよ……はるばるアメリカからやってきた客人に、いきなり店の買い出しの手伝いなんかさせるか、ふつう?」
「リョウさん!」
 店を出てもまだぶつぶついっているリョウを、ダウンジャケットでむくむくと着ぶくれしたサリーが唐突に振り返った。
「――いっておきますけど、ついでに寄ったとか、たまたま来たとか、くれぐれもオーナーの前でそういうセリフは口にしないように!」
「は?」
 リョウのきょとんとした顔に、サリーは深い溜息をついた。
「……ユリさんもいってたけど、どうしてこの人、こんなに鈍いんだろ……? ホントに空手のことしか頭にないのかしら?」
「何かいったか?」
「……何でもないです」
 軽くかぶりを振り、サリーは歩き出した。
「――とにかく、オーナーに聞かれたら、オーナーの顔を見たくなったから来たっていってください! そうすれば夕食ぐらいご馳走してあげますから」
「どうしてそんなことをいわなきゃならないんだ?」
「じゃあ、リョウさんはオーナーの顔を見たくないっていうんですか?」
「そういうわけじゃないが――おい、気をつけろよ」
「きゃっ」
 肩越しにリョウをかえりみたまま歩いていたサリーが、前方からやってきた男にぶつかり、面白いくらいにころんと見事に転がった。
「いたたたた――」
 アスファルトに尻餅をついたサリーは、相手に向かって何かいいかけたようだったが、その言葉は途中で消え去った。小柄な彼女の前に立っていたのは、上背が2メートル以上はあろうかという大柄な男たちだったのである。
「よう」
 目の周りに青いアザのある男が、にんまりと笑ってサリーにいった。
「――誰かと思えばサリーじゃねえか」
「あっちゃ〜……」
「どうした、知り合いか?」
 リョウが呑気に声をかけると、サリーは慌てて立ち上がり、リョウの背後に隠れて小声でささやいた。
「違いますよ! この前ウチの店に来た連中です!」
「ああ、常連か」
「常連なんてとんでもない! 酔ってわたしやエリザベスに手を出そうとして、オーナーにボコボコにされて追い出されたタチの悪い酔っ払いです! それ以来ウチには立ち入り禁止で――」
 サリーがそう説明している間に、男たちはさりげなくふたりの前後をはさむように回り込んでいた。どうやら挨拶だけしておとなしく帰してくれそうな雰囲気ではない。
「ここで会ったが百年目――という感じだな」
 リョウは3人いる男たちにすばやく視線を走らせ、かかえていた紙袋をサリーに渡した。
「しかし、そういう事情なら、少しくらい荒っぽいことになってもあいつに迷惑をかけずにすむか……」
 ひとり言のように呟き、リョウは正面の男の前に進み出た。
「……何だ、てめえは?」
「俺の連れに何か用事があるなら俺が聞こう」
「はぁ? てめえみてえなチビがか?」
 男はリョウを見下ろして鼻で笑った。確かに両者の身長差は20センチもあり、体重差もかなりあるだろう。男たちがリョウを笑ったのも無理はない。
 しかし、リョウはまったく表情を変えることなく、
「少なくとも俺は、そのアザをつけたヤツよりは背も高いし、体重も重いと思うんだが、違うのか?」
「……!」
 キングに叩きのめされた時の記憶がよみがえってきたのか、男は反射的に目もとのアザを押さえ、顔を真っ赤に紅潮させた。
「こっ、この……!」
「ただデカいだけの筋肉にいくら刺青を入れても強くはなれないぞ? 空手でも習ってみたらどうだ?」
「この野郎!」
 男がリョウの頭上からハンマーのような拳を振り降ろしてきた。
「もったいないな。それだけの体格があるのに宝の持ち腐れか」
 体重の乗った拳を軽く脇にはじいて逸らしたリョウは、すかさず男のみぞおちへと右正拳を打ち込んだ。
「ぐぶぉ……」
 急所を打たれた男は仰向けに吹っ飛び、そのまま腹を押さえて苦しげに呻いている。
 その時、連れ合いが一撃でのされたのを見た背後の男たちが、ふたり同時に襲いかかってきた。
「きゃっ!」
「下がってないと怪我をするぞ!」
 サリーをかばいながら、リョウは残りの男たちに相対した。一方の男の大振りなパンチを紙一重のダッキングでかわしつつ、もう一方の男の懐へと一気に踏み込み、その顎を拳で突き上げた。
「がっ……」
 大きくのけ反った男は、その一発だけで軽い脳震盪でも起こしたらしく、目の焦点を失ってそのまま崩れ落ちた。
「――まだやるか?」
「う……!」
 最後に残った男は、路上に倒れた仲間たちと、息ひとつ乱れていないリョウとを見くらべたあと、今にも泣きそうな顔でふるふると首を振った。
「行くぞ、サリー」
「あ、はい」
 リョウは革ジャンを脱いで肩に引っかけると、呆然としているサリーを連れて歩き出した。
「サウスタウンほどじゃないが、ロンドンにもああいう手合いはやっぱりいるんだな」
 リョウは涼しげな顔でそう呟いた。

      ◆◇◆◇◆

 ドアベルの音に顔を上げたキングは、リョウとサリーを見てにっと笑った。
「おかえり。悪かったね、わざわざ」
「いや、おかげでいいトレーニングになったよ」
「トレーニング?」
「そそ、そうなんですよ、オーナー! 実は――」
 さっきの顛末を興奮気味に報告しようとするサリーを制し、リョウはカウンターの上に紙袋を置くと、キングが広げていた新聞を覗き込んだ。
「何か面白いニュースでもあったのか?」
「あったよ。――ロバートがテロリストに誘拐されかかったって」
「何だって!?」
「もちろん未遂だけどね」
 キングはリョウの前に新聞を差し出し、買ってきてもらったものを冷蔵庫の中にしまった。
「さすがというか……まあ、ロバートの実力なら当然かもしれないけどさ。家業の手伝いでトレーニングをおろそかにしてるんじゃないかと思ってたけど、どうやら余計なお世話だったみたいだね」
「…………」
 じっと無言でくだんの記事を読み込んでいたリョウは、いきなり新聞を放り出すと、スツールにかけておいた革ジャンを手に取った。
「俺もうかうかしていられないな……じゃあな、キング!」
 一方的にそういい残して、リョウは店を飛び出していった。
「えっ?」
 驚くサリーとは対照的に、キングは苦笑混じりにすでに閉まったドアに向かって手を振っている。
「ちょっ――どこへ行っちゃったんです、リョウさん?」
「アメリカだと思うけど」
「どうしてです!?」
「親友の武勇伝を聞いて血がたぎってきたんだよ、たぶんね」
「たぶんねって……そ、それでいいんですか、オーナーは?」
「いいも悪いも、そういう人間なんだよ、リョウは」
 キングは肩をすくめてワイングラスを磨き始めた。
「リョウだけじゃない。大なり小なり、わたしたちはみんなそういう人間なのさ。……あんたたちには理解しがたいだろうけどね」

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