〈1〉
その日、アンディ・ボガードはいつもより早く目を醒ました。
まだ払暁までは時間がある。庭に面した障子を透かして、青い月の光が静かに部屋の中に染み入ってくる。
しばらく月光の青さを浴びていたアンディは、静かに起き出して着替えをすませると、隣の部屋で寝ている舞を起こさないよう、気配と足音を殺して屋敷をあとにした。幾度となく往復したことのある山道を、月明かりだけを頼りに登っていく。
険しい山道は、起き抜けの空腹の身にはこたえたが、それが逆に、まだわずかにまどろんでいた心と身体を完全に覚醒させてくれた。
全身におびただしい汗をかき、ようやく夜が朝に取って代わられようかという頃、アンディは山の頂上にたどり着いた。
小さな祠の前から日の出を眺めるのは何年ぶりのことになるだろうか。
茜色に色づいた東の空を見つめるうち、まだアンディが日本にやってきて間もない頃、師匠である不知火半蔵に連れられ、何度もここへ登ったことをふと思い出した。
身体が小さく非力だったアンディを鍛えるために、半蔵は、アンディを連れてよく山歩きをしたものだが、今にして思えば、あれは山伏がするという千日行にも匹敵する荒行だった。アンディのすばやい身のこなしと立ち回りの精妙さは、一歩間違えば死につながる険しい山々での修行の中でつちかわれたといっても過言ではない。
暁の風に目を細め、アンディは合掌した。
アンディを一人前の骨法の使い手に育て上げてくれた不知火半蔵は、すでに故人となって久しい。