オリジナルサイドストーリー CLOSE
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〈3〉

「前に、俺とおまえとジョーの3人で組んでトーナメントに出たことがあったよな」
「ああ」
「あれを最後に、おまえは大会らしい大会に出ていないだろう?」
 池のほとりに立ち尽くし、テリーが背中で尋ねる。
 縁側に座ったまま、アンディは腕を組み、静かに目を伏せた。
「そうなる……かな」
「なぜだか聞いていいか?」
「私自身が私の闘い方に納得できなくなったからだよ」
「それは……おまえの胸の傷と何か関係があるのか?」
「————」
 アンディは薄く目を開いて兄の背中を見据えた。
「俺とおまえが最後に拳を交えたのが、ちょうど10年くらい前だよな」
「ああ。あの時も私は兄貴に勝てなかった」
 あの時だけではない。
 アンディは、いまだかつてテリーとの闘いに勝利したことがない。これまで世界中の名だたる格闘家たちと闘い、数々の勝利を手にしてきたアンディにとって、いまだに越えることのできない大きな壁——それがテリー・ボガードという男だった。
 テリーはアンディを振り返り、頭をかいた。
「……実はあの時、妙だと思ったんだ。おまえにしちゃ歯応えがなさすぎた」
「そうか」
「あとで舞からこっそり聞かされたよ。おまえがギースとの闘いで胸をやられて、それ以来ときどき血を吐いてるようだって。……本当か?」
「……ああ」
 少し西にかたむき始めた太陽が、むくむくとした雲の向こうに隠れ、束の間、あたりにうっすらとした影が落ちてきた。
「だが、それはひとつのきっかけにしかすぎない」
「きっかけ?」
「確かに私は胸に傷を負った。そして、その傷が癒えないままに闘いをかさねた結果、いつしか自分でも納得のいく動きができなくなっていた。それは、同じチームで闘っていた兄貴が一番よく判っていたことなんじゃないか?」
「……本調子じゃなさそうだと思ったことは何度かあったさ。だが、そこまで悪いとは思わなかったのも事実だ。身贔屓でも何でもなく、俺はアンディ・ボガードって男を誰よりも頼もしいチームメイトだと考えてたぜ」
「チーム戦は、個々の力も必要だが、コンビネーションも重要だからね。私ひとりが本調子でなくとも、兄貴やジョーのフォローがあれば何の問題もなかった。……ただ、私が本当に望む闘いは、もっと別のものなんだよ」
 座敷の床の間に飾った長脇差をかえりみ、アンディは自分自身の言葉にうなずいた。
「あの日——ギースのもとへたどり着く前に、私は兄貴に負けた。あの時、兄貴は私に何といった?」
「……よく覚えてないな」
「復讐に生きるのは俺だけでいい。おまえにはそれ以外の生き方が選べるはずだ。——兄貴は私にそういったんだよ」
「そうだったっけか?」
「そうだよ。……そしてその言葉通りになった。私の拳はギースを倒すためだけに鍛えてきたつもりだったが、いざギースが死んだあと、私はその拳を振るう場所がまだほかにもあると気づいた」
 床の間の長脇差は、今は亡き不知火半蔵が遺していった形見だ。アンディは毎日、あれを見つめて自分自身にいい聞かせている。
「——師匠が亡くなられたあと、不知火流の正統は舞に引き継がれている」
「ガラじゃないってカンジだけどな」
「それは承知の上——というより、だからこそだよ」
 テリーの言葉に、アンディは苦笑した。
「だからこそ私は、舞をささえてこれからの不知火流を盛り立て、次の世代へと伝えていきたい。生前の師匠にも、五大老のお歴々にも、くれぐれも舞をよろしく頼むといわれたが、それ以前に、私はそれが自分にあたえられた使命なのだと思っている」
「それがおまえの見つけた、復讐だけじゃない生き方ってヤツか」
「ああ。……しかし、兄貴も復讐以外の生き方を見つけているんだろう? おそらく、私よりずっと先に」
「……確かに、もう復讐のために拳を握ることはなくなったけどな」
 テリーは身を起こしてかぶりを振った。
「誰かが復讐のために拳を握って俺に挑んでくることはありえるだろうさ」
「ロックがギースの仇討ちを考えると?」
「それはありえないとは思ってるけど、ビリーのことがあるからな」
「ビリーか……」
「たぶんあいつは、俺が死ぬまでギースの復讐を考えるだろう。この前あいつと久しぶりにやり合ったんだが、あのかたくなさは、まるでジェフの仇討ちだけを考えてた頃の俺だったよ。……あいつにつき合ってくのは、ギースを死なせちまった俺の役目だろうな」
「それが兄貴の生き方、か……」
「ま、言葉でいうほど悲惨なもんじゃないさ。おたがい何度も殴り合ってれば、ひょっとしたら、あいつともいつか判り合える日が来るかもしれない。俺は楽観的にそう構えてるよ」
「兄貴らしいな」
 アンディは含むように笑って立ち上がった。
 鹿威しの乾いた音が響き渡る。

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