〈4〉
携帯電話を袂にしまい、アンディは兄の背に声をかけた。
「——途中でジョーたちと合流したそうだ。もうそろそろ着くよ」
「ロックもいっしょか?」
「ああ。客のはずなのに、ポーターの代わりをさせられているそうだ」
「舞とジョーが相手じゃしょうがないさ」
縁側に寝転んで昼寝をしていたテリーは、大きなあくびをして起き上がった。すでに日はかたむき、オレンジ色の夕映えが目をこするテリーの横顔をあざやかに照らし出している。
「——そういやこの屋敷までの道って、あれ、クルマが通れるのか? ずいぶん険しい坂道を登ってきた覚えがあるんだけど」
「さあ、どうだろう?」
「どうだろって……は? んじゃいつもはどうしてんだ?」
「いつもクルマは麓の道場のガレージに置いてあるんだよ。ここまでは歩いて往復している」
「ウソだろ? いちいちここから麓まで行ってんのか?」
「別にたいした距離じゃない。私も舞も、毎日麓の道場まで通っている」
「さすがニンジャだな……」
「何を他人ごとみたいにいってるんだ、兄貴?」
雪駄を履いて縁側から降りたアンディは、にっこり笑って歩き出した。
「——さあ、途中まで迎えにいこう」
「え!?」
「当然だろう? それとも、長旅で疲れているロックにここまで大荷物を運ばせるかい?」
「そのくらいさせたってへばるヤツじゃないんだが……変にヘソを曲げられるとあとが怖いからな」
スニーカーに足を突っ込み、テリーはアンディと並んで歩き出した。
遠くでセミが鳴いている。都会の喧騒を離れた里の静けさに、まさに染み入るかのようなセミの声は、何とはなしに郷愁を誘う哀切さを帯びて聞こえた。
無言のまましばらく山を下っていくと、杉の木立ちに縁取られた山道の下のほうから、威勢のいい男の笑い声が聞こえてきた。
「ジョーだ」
目を凝らして確かめるまでもなく、すぐにそれと判る親友の声。日本に帰国するたびに不知火道場へと顔を見せるジョーだが、それでも、アンディが彼と再会するのは昨年の暮れ以来のことになる。
そのジョーが、20代だった頃と何も変わらないガキ大将ぶりを発揮して、鼻歌混じりに大股で——しかも手ぶらで——申し訳程度に砂利が敷かれた山道を登ってくる。そのかたわらには、両手に荷物を持たされ、げっそりと疲れきった表情のロックがいた。
さらにその後ろには、舞とふたりの弟子、それにアンディが見たことのないアジア系の少女の姿もある。
「ひょっとして、ジョーの弟子というのはあの女の子のことなのか?」
「どうやらそうらしいな。クァンっていったか」
「それにしても、どうしてジョーだけ手ぶらなんだ?」
「あいつが横着なのは昔からだろ?」
ジョーたちに向かって手を振り、テリーはふたたび歩き出した。
その背中に、アンディが声をかけた。
「兄貴——」
「ん?」
「私の拳は舞を守るためにある。……だが、もし私がそのため以外に拳を振るうことがあるとすれば、それはたぶん、テリー・ボガードと闘う時だけだ。そして、それはそう遠い先の話じゃない」
「…………」
テリーはアンディを振り返った。唇を真一文字に引き結び、真剣なまなざしで、今は遠く離れ離れになって暮らしている弟をじっと見つめる。
そして、すぐにその口もとがほころんだ。
「……OK。楽しみにしてるぜ」
軽くサムズアップしてウインク。35にもなってこんな仕種が似合うのは、やはりテリーが実年齢より若いからだろう。
とても自分にはできない芸当だと、アンディはうっすら微笑んでテリーのあとを追った。
今夜はひさびさに、にぎやかな夕餉になりそうだった。