オリジナルサイドストーリー CLOSE
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〈3〉

 いつも闘いに飢えているシェンにとって、今夜のパーティーは、空腹をまぎらわすために口の中へ放り込む、ガムかアメ玉のようなものだった。
 いくら食べても腹はふくれないし、それだけでは生きていけない。だが、豪華な食事が続く合間に、口直しに少し味わうくらいなら悪くない——そんな存在だった。
 だから、そのパーティー会場に着いた時、たぶんシェンは、アメ玉を横取りされたガキのような、むっつりとしたふくれっ面を浮かべていたに違いない。
「…………」
 今は使われていない——近く解体されることが決まっている——古ぼけた倉庫の中に足を踏み入れたシェンは、がらんとした空間に満ちる嗅ぎ慣れた臭いに眉をひそめた。
 硬いコンクリートの広いベッドの上に、10人以上の男が寝ている。
「どいつもこいつも、揺すったくらいじゃ寝返りも打ちやしねえ。夢も見ねェでぐっすりおやすみとは、よっぽど楽しいパーティーだったのか? にしても、潰れんの早すぎだろ」
 意識のない男たちを爪先で小突き、転がっている刃物や鉄パイプ、それにチェーンといった凶器を蹴飛ばして、シェンは揶揄混じりに笑った。
 ケンカや乱闘ではない。男たちは反撃のチャンスもあたえられず、ほとんど一方的に叩きのめされている。それも、おそらく相手はただひとり——。
 かすかな苛立ちに舌打ちし、シェンは視線を転じた。
 倉庫の隅の暗がりに、誰かがいる。
 周りの男たちのように意識を失って倒れているわけではない。闇の中から、じっとシェンを見つめている。
 先刻から気配だけでそれを察していたシェンは、大袈裟な溜息をついてぼりぼりと頭をかいた。
「あー……どちらさん?」
「シェン・ウーさまでいらっしゃいますか?」
 かぼそい女の声が返ってきた。
 しかし、シェンの心は揺れない。黒いパンツのポケットの中に入っていた左手をそっと抜き出し、拳の形に握り締める。
「……オレはどちらさんって聞いたんだけどな」
「失礼いたしました」
 わずかな絹鳴りの音を引きずって、暗がりからほっそりとした女が現れた。まだ若い。はたちかそこらといったところだろう。
 だが、それがただの女ではないことを、シェンはよく知っている。
「……笑龍と申します」
 地につくほどの長い袖をたくみにさばき、女はシェンの前で静かにひざまずいた。
「————」
 女——笑龍からただよってくる甘い花のようなかすかな香りに、シェンは目を細めた。あたりに飛び散った血の臭いよりも、はるかにシェンの警戒心を刺激する芳香だった。
「……オレに何か用かい?」
「人を捜しております」
 顔を伏せたまま、笑龍はいった。
「堕瓏——というかたをご存じではありませんか?」
「……おまえかよ」
 それを聞いて、シェンはあからさまに舌打ちした。

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