背中
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〈3〉

 カーテンコールを待たずに席を立ち、拍手の鳴りやまないホールをあとにしたデュークは、たくましい体躯をインバネスに包み、劇場の外で待っていたリムジンに乗り込んだ。
「——出せ」
 無口な運転手が、かすかにうなずいてリムジンをスタートさせる。
 しかし、劇場から300メートルも行かないところでスピードを落とし、路肩に寄ってすぐに停車してしまった。
「…………」
 デュークは何もいわず、テールコートのポケットから1枚の写真を取り出した。
 星のようなシルバーブロンドの長髪が美しい、はかなげな美貌の女の写真だった。
「……来ました。“タイプN”からの情報通りです」
 デュークが写真に見入っていると、運転手が陰気な声で告げた。
「やりすごしてから後ろにつけろ」
 デュークの指示に、運転手がふたたび無言でうなずく。
 その直後、ゆっくりとリスタートしたリムジンのかたわらを、漆黒のドイツ車が軽やかに駆け抜けていった。
「いいクルマだ。潰すのが惜しくなる」
 前方を行くマイバッハのテールライトと写真の中の美女とを交互に見やり、デュークは低い声で笑った。
 かなりの車間距離を置いて、2台の高級車が夜の闇の中を走っていく。この先の郊外の田園地帯に写真の女の父親が所有する別荘があることは、すでに調査ずみだった。
「……対向車がなくなったら仕掛ける」
「ミスター」
 ミラーの中の運転手と目が合った。
「……誰かがつけてきています」
「何……?」
 デュークが目を細めて背後を振り返ると、オレンジ色の街路灯の光と夜の闇があざやかなコントラストを描くアスファルトの上を、こちらに向かって走ってくるバイクがある。そのバイクがかなりのスピードを出しているのは、次第に大きくなっていくその影を見れば明らかだった。
 数秒後、一気にリムジンを抜き去ったバイクは、リムジンのすぐ前に張りつくや否や、急ブレーキをかけた。
「!」
 咄嗟に反応した運転手がブレーキペダルを深く踏み込んだが、さすがに近すぎた。バランスを崩して横転したバイクに乗り上げるような形で軽く車体を浮かせたリムジンは、次の瞬間、街路灯の支柱に真正面から突っ込んでいた。

 衝突の直前、デュークはリムジンのドアを蹴り剥がし、逸早く車外へと脱出していた。
 慣性に逆らうことなくアスファルトの上に身を転がして衝撃を殺し、すばやく体勢を立て直す。直後にリムジンが街路灯に激突し、星の少ない闇夜を震撼させたが、無愛想な運転手の安否を気遣ってやるつもりはデュークにはなかった。
「————」
 どこにもケガをしていないことを確認しながら、デュークはゆっくりと立ち上がった。その視線は、油断なく四方の闇へと向けられている。
 時間にすればほんの一瞬だったが、デュークの目は、急ブレーキをかけたバイクからボディスーツ姿の女が飛び降りるのを捉えていた。
 ふたたび轟音がとどろいた。
 空から降ってきた青白い光が動きの止まったリムジンを照らし出し、その光が極限まで細く集束すると同時に、リムジンのガソリンタンクを貫通したのである。
 時ならぬ熱風、そして爆発音——。
 しかしデュークは顔色ひとつ変えることなく、無駄のない動きで右腕を眼前にかざした。
「……俺のもとを離れて少し甘くなったか?」
 そう笑ったデュークの指先には、闇の中ではほとんど視認不可能な、鋭利な細長い針がつままれていた。
 炎上したリムジンの炎を受け、あたりの空気があっという間に乾いていく。
 その炎の照り返しを受けて、かぐろい陰影を全身に張りつかせたグラマラスなシルエットが、ヒールの足音を響かせてゆっくりと近づいてきた。
「含み針ごときで倒せるとは思ってないわ」
 左手にぶら下げていたヘルメットを投げ捨て、女は——リアン・ネヴィルは呟いた。

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