背中
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〈5〉

 葬送の鐘の音が遠く消えていく。
 広大な墓地のどこかで、誰かの骸がまたひとつ、冷たい大地に抱かれて眠りに就いたのだろう。
 曇天に吸い込まれて消えていく鐘の音は、ラヴェルのメヌエットを思わせる悲哀を帯びていたが、その音に揺り動かされる感性を、すでにリアンは持っていない。
 両親の墓を前に、リアンは笑った。
 どこか力を失った、自嘲の笑みだった。

 あの夜、意識を取り戻したリアンのそばに、もはやデュークの姿はなかった。
 リアンが気を失っていたのはせいぜい1分か2分といったところで、さほど長い間倒れていたわけではない。
 だが、デュークがリアンにとどめをさすには、1分どころか30秒もあれば充分なはずだった。街路灯に背中から激突してアスファルトの上に転がったリアンのもとに歩み寄り、意識のない彼女の細い首を傍若無人な足で踏み折るのに何の苦労もない。
 にもかかわらず、デュークはリアンを放置していずこかへと姿を消した。
“仕事”の最中だと、確かデュークはそういっていた。
 しかし、いかにそれが重要な“仕事”であるにせよ、ことのついでに裏切り者の始末をしていくのをためらう理由がどこにあるのか。
 デュークの真意はリアンにも判らない。
 ただリアンは、デュークに残酷になぶられたと感じるだけだ。
 おまえなどいつでも殺せる——。
 この15年、デュークが自分に無防備な背中をさらすたびに、リアンはそうあざけられているような気がしていた。
 本当なら、リアンは15年前、両親や仲間たちとともに、デュークに殺されていたはずなのだから。

「——もう少しだけ待っていて。パパ、ママ」
 両親の墓に薔薇の花束を供え、リアンはひとりごちた。
「次に来る時には、かならずあの男の首をここへ並べてあげるから」
 凄絶な殺意が込められていながら、その呟きははかなく、いっそやさしげで、折からの風に吹かれて鈍色の空へと流れて消えた。

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