「いやっ!はっ!」
ここは、テコンドーの精神と自らの正義の心を広める為、キムが開いた道場である。そこで門下生達が修行にはげんでいる。
「あのメガネを頭にのせた子はセンスがいいですね。ジョンさん」
「センスとは相変わらずキム君は非論理的です。しかし確かに型はいいですね。あとは実戦を積めば、一流の使い手になる事でしょう」
その道場の端で、一人の巨漢と、それとは対照的に小柄な男が一人、腕立て伏せをしていた。二人の男の体からは汗がびっしょりと噴きだし、床に滴り落ちている。
「でも・・・よかったで・・・ヤンスよ・・・元に戻れて。アッシが・・・チャンのダンナの・・・体のまんまだったら・・・と思うと・・・背筋が寒くなるで・・・ヤンス」
小柄な男が苦しそうに大男に話しかける。
「そりゃおめえ・・・こっちも同じだぜ・・・チョイ。ハァハァ・・・お前の体じゃ小さすぎて・・・鉄球も・・・回せやしねえ・・・」
チャンがそれに答える。こちらもかなり苦しそうである。
「でも・・・キムのダンナや・・・ジョンのダンナの言った通りに・・・頭と頭をぶつけたら元に戻った、なんて・・・まるで漫画みたいで・・・ヤンスねえ・・・」
「全くだぜ・・・」
「はい。そこまで!」
キムが二人のそばによって来た。
「はい!今日はこれまで!」
「フウッ・・・やっと終わりでヤンスか、キムのダンナ・・・あら?ジョンのダンナは?」
「ああ、彼なら麻宮アテナさんのコンサートに行くとかで今日は早く切り上げたぞ」
「なんでえ、俺らには修行させておいて、自分は遊びにいくのかよ」
「まあまあ・・・誰にでも休息は必要だからな」
「それじゃ、アッシ達も!?」
「ハハハ、面白い冗談だ。更正に休息は無い!さあ、もうあと1セット!!」
「ヒエーーーーー!!!!」

ジョンは大きな道路の前で、信号待ちをしていた。今日は待ちに待った麻宮アテナのコンサートだ。会場までは、この横断歩道を渡れば5分もかからないはずだった。ちらり、と信号を見る。まだ赤だった。時間、というものは、待つ間はひどく長く感じるものだ。ジョンは向こう側の歩道に目をやった。
「あ、アテナ・・・さん!?」
何と、横断歩道の向こう側に麻宮アテナが天使の様に微笑んで、自分に手招きしているではないか!
ジョンはまた信号を見た。青に変わった。ジョンは、弾かれた様に走り始めた。アテナは相変わらず微笑み続けている。
「アテナさーーーーんッ!」
ところが、ジョンが走っても走っても、アテナには一向に近付かない。それどころか、アテナの姿が徐々に遠ざかっていく。ジョンは焦った。必死だった。
「そんな、馬鹿な!アテナさん!アテナさーーーん!!」
目が覚めた。まず白い天井が見え、次に見慣れた顔が見えた。
「大丈夫ですか、ジョンさん。ここは病院ですよ」
「キム君・・・!?確か私はアテナさんのライブに行く途中・・・」
ジョンの記憶がよみがえった。
コンサート会場に行く途中、横断歩道を渡るために信号を待っていた時、壁一面にびっしりと麻宮アテナの特大ポスターを貼り出した所に通りかかったのだ。しかし、そのポスターのほとんどがファンによってはがされ、壁に残っているのは後わずか数枚になっていた。
ジョンはイライラしながら信号が変わるのを待っていたのだが、やがて待ちきれなくなり、赤信号にもかかわらず横断歩道に飛び出したのだ。そして車にはねられた・・・とジョンは思っていたのだが、事実は少し違う。実際は、その車は対面の赤信号を見て停車寸前だったため、猛スピードで駆け出したジョンが勝手に車に激突したのだった。ただ、その衝撃ではね飛んだジョンは背中を強く打ったため、首、腰等に浅からぬダメージを受けた、という訳だ。
「ああ、キム君。心配をかけて申し訳ない。しかし、この程度の怪我・・・いたた・・・」
「無理はしないほうがいいでヤンスよ・・・」
「そうだぜ、ジョンのだんな」
「う〜ん、残念ですが今回のK.O.F.は・・・」
「え!?キング・オブ・ファイターズ?」
「ええ・・・今年もジョンさんと出場しようと思っていたのですが、今回、ジョンさんは無理ですね。」
「し、しかしキム君。私の代理がいるというのですか?」
「ええ、ジョンさんと私が今朝、話していたあの子ですよ。今、ここにお見舞いにきてます。メイ、入ってきなさい」
するとそこには、今朝見たメガネを頭にのせて、Tシャツを着た女性が部屋に入ってきた。
「はじめましてジョンさん!私メイ・リーと言います。お体大丈夫ですか?私ジョンさんの分まで頑張って悪を倒してきます!」
「へえ、メイ・リーちゃんでヤンスか。なんか男ばっかりでむさ苦しかったでヤンスけど、なんかそれを吹き飛ばすくらいの元気のいい娘でヤンスねえ〜」
「まったくだな。悪を倒すってのがちょっと気にかかるけどよ」
「何を言ってるんだ、チャン!それこそ我々の目的ではないか!彼女は正義の使者になるのが夢なんだぞ!」
「え?ま、まじでヤンスか?」
「はい!私、正義の味方になりたいんです!だから、正義の使者、キム師匠の道場に通って私も立派な正義の使者になります!」
「は、はは・・・ま、がんばろうぜ!」
「それではジョンさんお体に気をつけて、今回は十分、休養をとって下さいね。では」
「ちょっ、ちょっとキム君!みんな!まってください!!」
バタンとドアが閉まり、笑い声が廊下から聞こえてくる中、ジョンは病室でただ一人、呆然としているのであった。



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