オリジナルサイドストーリー CLOSE
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〈6〉

 夕刻、すでに夜になりかけた空に星がまたたき始める頃。
 父が庭先で冷たい水を浴びているのを見ていたリョウは、オレンジ色の空手着に下駄履きといういでたちでガレージに向かった。
 あの日以来、タクマの激しい鍛錬は続いている。
 リョウやユリがそれとなく問いただしてみても、タクマはただ、それが武道家のあるべき姿だと答えるばかりで、突然の変化の理由を語ろうとはしなかった。今はああしているが、夕食がすめば、また道場に戻ってふたたび稽古に入るのだろう。
 もっとも、リョウにはタクマのその変貌の理由が判っている。本人の口から聞いたわけではないが、おおよそ見当はついていた。
「おにいちゃん」
 バイクをいじり始めたリョウのところに、ユリがやってきた。
「——今頃そんなこと始めて、どこか行くの?」
「ああ」
「どこ?」
「ユリ」
 妹の問いには答えず、リョウは声をひそめて切り出した。
「……今夜は何があっても親父を家から出すんじゃない」
「えっ?」
「俺が戻ってくるまで絶対に親父を外に出すな。殴り倒してでもだ」
「ちょっ……ど、どういうこと、おにいちゃん!?」
「詳しいことはロバートに聞け」
「ロバートさんに?」
「ああ。今夜ここへ来てくれることになっている」
「ちょっと待ってよ! おにいちゃん、どこへ何しにいくつもりなの?」
 ユリはかさねてそう尋ねたが、リョウはロバートに聞けと繰り返すだけだった。
 今はまだ、真実をユリに伝えるわけにはいかなかった。真実を打ち明ければ、ユリもいっしょに行くといい出しかねない。何があっても、ユリには父を引き止めておいてもらわなければならなかった。
「俺がどこに出かけたか親父に尋ねられたら、ロバートに会いにいったといっておくんだ。くれぐれも余計なことはいうな。……それが親父のためなんだ」
 革ジャンをはおったリョウは、整備をすませたバイクにまたがり、キーを回した。エンジンが小気味よい唸りをあげ、ハンドルから頼もしい震えが伝わってくる。
「——あとのことは頼んだぞ」
「おにいちゃん!?」
 まだ何かいいたげなユリを残し、リョウはバイクを走らせた。

 修行三昧の日々を送っていたからか、バイクで風を切る感覚は久しぶりだった。
 だが、それがリョウの心を浮き立たせることはない。サウスタウンの南、ファクトリーエリアへと向かうリョウの心は、気持ちよく抜けていくバイクのエンジン音とは裏腹に、深く静かに、冷え固まっていくようだった。
 すさまじい速さで後方へと流れていく街路灯の明かりに目を細め、リョウは空手着の懐に左手を添えた。

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